四十年、古い建物の中で焼いてきた。
十七世紀のロンドンに、
ロイズという珈琲屋があった。
エドワード・ロイドの店。船乗りと商人と保険屋が集まり、海の向こうの話を持ち寄る場所だった。そこで交わされた情報が、のちに世界最大の保険市場になる。
珈琲屋は、飲みものを出すだけの場所ではない。人が集まり、そこから何かが生まれる。1984年、札幌でこの名前を選んだのは、そういう店にしたかったからだ。
四十年、この珈琲は古い建物の中にあった。煉瓦の倉庫から、移築された家へ。そして、この扉の奥へ。器は三度変わった。中で焼いているものは、変わっていない。
豆も、焼き方も、湯の温度も。
西岡の Lloyd’s coffee は、
いま二十四軒にある。
店名の24は、二十四軒の24。

1984年、豊平区西岡。煉瓦造りのりんご倉庫を改装して、喫茶店をひらいた。旧沼田家のりんご倉庫、札幌景観資産第16号。
1998年、藻岩山の麓にもう一軒。旧小熊邸。1927年に建築家・田上義也が設計した木造の住宅で、市民の保存運動によってこの斜面まで移築されてきた家だ。札幌景観資産第4号。サンルームの窓から街が見えた。2017年11月まで、そこで珈琲を出していた。
同じ年の12月、西岡へ戻る。焙煎の場所になっていた倉庫に、もう一度席をつくった。
四十年目の冬、店ごと動かすことにした。焙煎機も、豆も、焼き方も、湯の温度も、そのまま積んだ。変えるつもりは、はじめからなかった。
2024年4月10日、二十四軒。木の扉の奥。焙煎室は、西岡にあったときのまま組み直した。
ひとつ、偶然がある。旧小熊邸を設計した田上義也は、フランク・ロイド・ライトの弟子だった。ライトのミドルネームは Lloyd。店の名前と、建物の血筋が、十四年遅れで重なったことになる。名前が先で、建物が後だ。


ドラムが回っている。中で豆が跳ねる音がして、色が変わりはじめる。ここで止めるか、あと十秒待つか。その十秒が、カップの中身を別のものにする。
豆は国では選ばない。区画で選ぶ。コロンビアのサンガブリエル。タンザニアのアカシアヒルズ。エチオピアのイルガチェフェ、ハルスケ。同じ国の名前がついていても、農園と標高が違えば、別の飲みものだ。
淹れるときは湯温を合わせる。一杯ずつ、豆ごとに。
ペルーのマリア・エステラは、控えめなフローラルとブラックティー。落ち着いた柑橘が、柔らかい酸味になる。
その時期に何が焼き上がっているかは、壁を見ればわかる。ワールドコーヒーマップ。産地ごとの棚に、いま出せる豆が並んでいる。
ソフトドリンク|カモミールティー ¥660/チャイ ¥825/ココア ¥770/エルダーフラワーソーダ ¥715/オレンジジュース ¥660
表示はすべて税込です。豆の入荷により内容が変わります。



四十年、豆だけを焼いてきた店が、生地を焼きはじめた。
そば粉の生地は、レストランのシェフに監修を受けている。外はぱりっと、中はもちっと。バターと塩気があるぶん、深めに焼いた豆とよく合う。
食事に寄せるならガレット。甘い方に振るならクレープ。どちらにも、ミニサイズのブレンドが付いてくる。
セットの珈琲は +¥300 でフルサイズに変更できます。
珈琲以外への変更|+¥300:デカフェカフェラテ・カモミール・チャイ・オレンジジュース・エルダーフラワーソーダ/+¥400:カフェラテ・カプチーノ・フラットホワイト・ココア



「自分の時間を大切にしてほしい」。決めたのは、その一文だけだった。
木格子の壁。抑えた照明。話し声を隠すくらいの音楽。
カウンターは四席。ひとりで来て、誰とも話さずに帰っていい。テーブル席は十六。どの席の下にもコンセントがあり、Wi-Fiも通っている。珈琲が冷めるまでの時間は、その人のものだ。
かつてのロイズには、船乗りと商人が集まった。いまここに集まるのは、それぞれの仕事だ。
珈琲は持ち帰りもできる。店で焼いた豆は、そのまま量り売りしている。淹れ方と好みを聞いて、その人のためのブレンドを組むこともある。西岡の頃から続けている、いちばん古い仕事だ。
ご注文はレジで先に承ります。




カーナビでは辿り着きにくい場所にあります。Google マップで英字「Lloyd’s cafe 24」と入れてお越しください。
小樽に姉妹店がある。1999年、ウイングベイ小樽の開業とともに。当時は1番街の小樽ビブレの一階にあり、ビブレ店と呼ばれていた。
小樽店の珈琲豆は、二十四軒の焙煎室で焼いたものを使っている。同じ豆を、同じ焼き方で。